テヘランの旧市街で、7歳のレイラは防空壕の隅に身を縮め、祖母から受け継いだ銅の香炉を胸に抱きしめています。窓の外で警報器が耳を刺すように鳴り響き、彼女は静かにマッチを擦り、深褐色の香木を点火しました。それは去年の春、祖母が一緒に市場へ連れて行って買った白檀です。青い煙がゆらゆらと立ち昇ると、レイラは祖母の言葉を思い出しました。「この香りは、怖い気持ちをすべて吹き飛ばしてくれるんだよ」。
最近、イランと米国、イスラエルなどの国との対立が激化しており、レイラのようなシーンが、中東各地の路上、防空壕、臨時避難所で繰り返し上演されています。戦争がもたらすのは物理的な傷害だけでなく、無数の人々を「心理的な廃墟」に陥れています。不安、不眠、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が、無形の鎖のように人々を恐怖の渦に巻き込んでいます。そして、この暗闇の中で、ほのかな香りが、最もやさしい方法で、無数の人々の「手の届く救い」となっています。
一、香品の「天然の癒し力」:化学成分から文化的記憶までの二重の安心感
「香りが癒しをもたらす」と言うとき、しばしば「心理的な作用」として片付けられますが、現代科学はすでにその根拠を見つけています。戦争が激化する地域で最も一般的な白檀やラベンダーの香りは、「化学分子+文化的記憶」の二重のメカニズムによって、不安と戦う「天然の武器」となっています。
1. 白檀:千年を超える「神経鎮静剤」
白檀は、中東や南アジア地域で最も古い香木の一つです。『ペルシア古経』には、ゾロアスター教の司祭が戦場を浄化するために白檀を使い、その香りが「人と神をつなぐ」と信じていたと記されています。現代の化学分析によると、白檀に含まれるα – サンタロール(α – santalol)とβ – サンタロール(β – santalol)が、その癒し効果を発揮する重要な成分です。
2018年に日本の筑波大学で行われた実験では、α – サンタロールが脳の辺縁系に直接作用し、恐怖反応を担う扁桃体の過剰な活性化を抑制し、同時にセロトニン(「幸せホルモン」)の分泌を促進することが示されました。イスラエルのテルアビブ大学がガザ地区の住民を対象に行った調査では、73%の回答者が、白檀を点火すると「心拍が明らかに落ち着き、家族が集まっている暖かいシーンを思い出す」と答えています。このような記憶との結びつきが、戦争の中で最も貴重な「安心感のアンカー」となっています。
2. ラベンダーの香り:地中海からの「ストレス消火器」
ラベンダーは元々地中海沿岸に自生する植物ですが、中東の紛争地域で意外にも「一般人の癒し香り」として人気を博しています。その主成分であるリナロール(Linalool)と酢酸リナリル(Linalyl acetate)は、顕著な抗不安効果があることが実証されています。2020年に『神経科学フロンティア』誌に発表された研究によると、リナロールは嗅神経を通じて直接脳に入り、γ – アミノ酪酸(GABA)のレベルを調節します。GABAは中枢神経系における重要な抑制性神経伝達物質で、そのレベルが上昇すると「リラックス感」を生み出します。
レバノンのベイルートにある難民キャンプでは、ボランティアが不眠の子供たちにラベンダーの香包を配っています。ある母親は記者に対して、「子供が真夜中に目を覚ましたとき、香包の香りを嗅ぐと徐々に落ち着いていきます。彼は『この香りはおばあちゃんの庭のようだ』と言っています」と語っています。このような「香り – 記憶」の結びつきによって、ラベンダーは単なる香木から「持ち歩ける安心感」に変身しています。
二、香道儀式:混乱の中で「秩序感」を再構築する心の儀式
戦争が最も残酷なのは、すべての「日常の秩序」を破壊することです。学校が休校し、商店が閉店し、食事を定時に取ることすら困難になっています。そして、香道儀式の「手順性」が、人々に「コントロールできる小さな世界」を提供しています。点火、煙を見る、香りを嗅ぐ、灰を片付ける。それぞれのステップが、混乱の中に「安全な境界線」を引いているようなものです。
1. 点火の瞬間:「受動的な恐怖」から「能動的なコントロール」へ
イラクのモスルにある臨時避難所で、58歳の香料商人アリは毎朝必ず行うことがあります。銅製の香鏟で香粉を「回」の字に固め、炭火で最初の煙を立てます。彼は「香粉を固めるときは、注意力を集中させないと形が崩れます。煙が立ち昇るのを見ると、『今日も自分で決められる瞬間が増えた』と思います」と語っています。
このような「能動的な参加」の儀式感は、本質的には「コントロール不能感」に対抗するものです。心理学の「コントロール感理論」によると、人がコントロール不能な環境(戦争など)に置かれたとき、小さな確定した行動(香を点火するなど)を完了することで、「自分が周囲に影響を与えることができる」という心理的な認識を再構築し、不安レベルを低下させることができます。
2. 香りを嗅ぐ「ゆったりした時間」:感情に「緩衝帯」を作る
香道儀式の核心は「香を鑑賞する」ことです。急いで吸い込むのではなく、ゆっくりとリズミカルに香りの層の変化を感じることです。シリアのアレッポにある地下診療所では、看護師が不安な負傷者に線香を点火し、「まず前調の清々しい香りを嗅ぎ、次に中調の暖かさを待ち、最後に後調の落ち着きを感じてください」と導きます。空襲を経験した青年は「普段は『次の瞬間に爆発するかもしれない』とずっと考えていましたが、香りを嗅ぐと、香りに従っていくしかできず、時間が伸びたように感じられ、怖い考えもそれほど押し寄せてこないようになりました」と振り返っています。
このような「現在に集中する」状態は、マインドフルネス療法(Mindfulness)の原理と一致しています。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究によると、5分間の集中した香りを嗅ぐことで、脳を「不安な未来志向」(危険を心配する)から「感覚的な現在志向」に切り替え、コルチゾール(ストレスホルモン)のレベルを効果的に低下させることができます。
三、歴史の証人:戦争は止まることなく、香りの癒しは決して欠けない
香文化と戦争の「共生」は、今日だけの特例ではありません。古代の戦場から第二次世界大戦まで、香りは常に人類が恐怖と戦う「秘密の武器」でした。
1. 古代:「戦神の香り」から「一般人の癒し」へ
古代エジプトの『エーベルス紙草文書』には、兵士が出征する前にミルラで体を塗り、それが「戦神の怒りを鎮める」と信じていたと記されています。中国の『武経総要』にも、宋代の軍隊が辺境でヨモギ、オオアタマオキを使って陣地を燻蒸し、害虫を駆除するだけでなく、「香りが軍心を鎮める」ためにも行っていたと記載されています。これらの見かけ上「迷信的」な行為は、実は古人の「香りの癒し」に対する素朴な認識でした。兵士が慣れ親しんだ香りを嗅ぐと、故郷の声を聞いたような感覚になり、恐怖は「帰属感」によって薄められます。
2. 第二次世界大戦:香水が「心理戦」の隠れた武器となる
第二次世界大戦中、ヨーロッパ各地が戦火に包まれていましたが、香水産業は意外にも「癒しの時代」を迎えました。フランスのギバウダンが発売した「ミッドナイトフライト」香水は、イランバラン、バラ、白檀を基調とし、宣伝文句は「暗闇の中でも、香りがあなたを平和へ導く」でした。イギリス政府は兵士にラベンダーの香包を配布し、公式文書には「一筋の香りは、ナチスの「恐怖戦術」に対する反撃である」と書かれていました。
さらに注目すべきは、一般市民の知恵です。ロンドン大空襲の際、主婦たちは防空壕でシナモンとクローブを混ぜた「平安香」を点火し、子供たちは大人に習って「香を点火する歌」を歌いました。これらの儀式によって、元々冷たい避難所に「家」の温もりが漂いました。
尾声:硝煙は消えるが、香りの物語は永遠に温かい
レイラの銅の香炉の中で、白檀は静かに燃え続けています。青い煙が防空壕の小さな窓から漂い出し、遠くの焦げた土の臭いと混ざりながらも、自分自身の方向を保っています。これがおそらく香文化の最も魅力的な力です。戦争の残酷さを「消滅」させようとはせず、隙間に「希望の種」をまくだけです。人々が一筋の香りのために立ち止まることを願うとき、彼らはまだ心の中で「明日はもっと素敵な香りがある」と信じているのです。
この不安定な世界で、私たちは戦争の発生を阻止することはできないかもしれませんが、少なくとも覚えておくことができます。硝煙を越えた一筋の香りは、人類が「平和」に対する最もやさしい決意です。
【創作は容易ではない】転載や交流については、合香学社までご連絡ください